宵昇のころ―プレマネ課長の残業事録―

宵昇(よいしょう)と読みます。主にライフログです。

「PowerBIを導入せよ」という、上司のDX迷子に付き合う俺たちの憂鬱

また、トップダウンで理不尽な指示が降ってきた。 発信源は、我が部の部長だ。

「これからはデータサイエンスの時代だ。我が部でもマイクロソフトのPowerBIを導入せよ。ついては、ツールの習得と運用にあたらせる若手社員を数名、選抜してほしい」

どうやら部長はどこかのセミナーか、あるいは役員会議あたりでその横文字を仕入れてきたらしい。 目的を聞けば、「営業に必要な資料作成を効率化するため、社内システムから蓄積されたデータを抽出し、それをPowerBIで自動処理して可視化(ダッシュボード化)したらいいんじゃないか」ということのようだ。

結論から言おう。その思想自体には、俺だって大賛成だ。 使えるデジタルツールは積極的に活用すべきだし、現場の資料作成の負担が減り、営業戦略がデータに基づいてロジカルに立てられるようになるなら、これほど素晴らしいことはない。可能なら、今すぐにでも進めたいくらいだ。

ただし――。部長の熱弁を聞いているうちに、俺の胸の中にじわじわと、言いようのない「違和感」と「危機感」が広がっていくのを隠せなかった。

なぜなら部長の口ぶりからは、「PowerBIという『魔法のソフト』を導入さえすれば、勝手にデータが分析され、営業成績が劇的に上がる」と本気で信じ込んでいる節がビンビンに伝わってきたからだ。

申し訳ないが、現場を預かる人間の本音として、心の中でこう毒づかざるを得なかった。 「そんな訳あるかよ、おい」と。

 

1. 魔法の杖を探したがる、上層部という名の「DX迷子」

これは現代の多くの会社員、とりわけ中間管理職が毎日のように頭を悩ませている「共通の病」ではないだろうか。

世の中的に「DX(デジタルトランスフォーメーション)」が叫ばれて久しい。経営層や上級管理職は、こぞって「我が社も乗り遅れるな」と息巻く。それ自体は企業サバイバルとして正しい姿勢なのだが、問題はその中身、つまり彼らの「解釈」にある。

彼らは往々にして、デジタルツールを「導入するだけで組織が劇的に変わる魔法の杖」だと勘違いしているのだ。

今回のPowerBIの件が、まさにその典型である。 PowerBIは確かに強力なビジネスインテリジェンス(BI)ツールだ。膨大なデータを集計し、美しいグラフやダッシュボードに落とし込み、リアルタイムで経営や営業の状況を可視化してくれる。だが、それはあくまで「正しく整備されたデータ」が注ぎ込まれ、「ツールを使いこなせる人間」が設計し、「出てきた数値を読み解く力(リテラシー)」が組織にあって、初めて機能するシロモノだ。

部長は言う。 「若手にやらせれば、すぐに覚えるだろう。彼らはデジタルネイティブだからな」

無茶を言わないでほしい。 PowerBIを実務レベルで動かすためには、高度なExcelの知識が不可欠だ。パワークエリ(Power Query)によるデータの整形(データクレンジング)や、DAX(Data Analysis Expressions)と呼ばれる関数言語の理解、さらにはリレーショナルデータベースの構造(データモデリング)の概念まで頭に入っていなければ、まともなダッシュボード一つ作れやしない。

それらの基礎知識も、実務における営業戦略の文脈も持たない若手社員がいきなりそのツールを渡されて、明日から「営業のための強力な戦略資料」を作れるようになるか? 答えはノーだ。絶対に無理である。

結局、ツールを導入しても、画面に映し出されるのは「何の意味もなさない、ただ色鮮やかなだけの折れ線グラフ」か、あるいは設定方法すら分からずに放置された「真っ白な画面」のどちらかだ。そして、数ヶ月後には「せっかく導入したのに、なぜ我が部の営業成績は上がらないんだ!」と、現場の若手が理不尽に詰められる未来が、俺には容易に想像できてしまう。

そもそも、PowerBIの何たるかを、指示を出している部長自身がどれほど分かっているというのだろうか。画面の向こうで彼が思い描いているのは、SF映画に出てくるような、ボタン一つで未来の売上を予測してくれるAIのような全自動のシステムなのだ、きっと。

 

2. 繰り返される「横文字」の悲劇

思い返せば、我が社において「よく分からないけど格好いい横文字を導入すればすべてが上手くいくんじゃないか」という雰囲気の、浅薄なトップダウン指示はこれが初めてではない。これまでにも、俺たち現場はその都度、上層部の思いつきに振り回され、その尻拭いをさせられてきた。

少し前には、こんなことがあった。 「これからは生成AIの時代だ。ChatGPTを使えば、これまで広報物を作成していた社員はもういらないんじゃないか? 人件費が大幅に削減できるぞ!」と、上層部が鼻高々に言い放ったのだ。

俺は頭を抱えた。 「誰がそのAIに、会社の意図を汲んだ正確なプロンプト(指示文)を書くんですか?」 「AIが平気でつく嘘(ハルシネーション)を、誰がファクトチェックして責任を取るんですか?」 現場のそんな疑問をすべて置き去りにして、「とにかくAIを使え」というノルマだけが下りてくる。結果として、プロンプトの調整に従来の何倍もの時間を取られ、成果物のクオリティチェックにベテランが付きっきりになるという、本末転倒な現場の負担増(マルチタスクの地獄)を生み出しただけだった。

さらにその前は、こうだ。 「我が社も若者向けの公式Instagramを開設しよう。インスタさえあれば、若者への認知度はバッチリ上がり、採用も営業も大成功だ!」

これもまた、目も当てられない惨状だった。 「Instagramのフォロワーを獲得し、エンゲージメントを高めるために、どれだけ緻密な世界観の設計と、毎日の泥臭い運用作業が必要か知っているのだろうか?」 案の定、担当させられた若手社員は、通常業務の合間に「何を投稿したらいいか分からない」と頭を抱え、結果として会社の誰も見ていない、身内の日常風景のような写真がポツポツと並ぶだけの、寂しいアカウントがネットの海に漂流することになった。

「生成AI」「Instagram」「PowerBI」――。 並ぶ言葉はどれも今風で、響きは格好いい。だが、それらを発する側の頭の中身は、昭和の時代から一歩も進んでいない。「最新の洗濯機を買ってきたから、明日から家事の時間がゼロになるだろう」と言っているようなものだ。洗濯物を仕分け、洗剤を入れ、干して、畳んで、収納するという「人間の泥臭いプロセス」が見えていない。

ツールは単なる手段であって、目的ではない。 その本質を理解しようとせず、表面的なトレンドだけで指示を出す上層部と、そのたびに「便利になるはずのツール」のせいで業務過多になり、疲弊していく現場の若手たち。この板挟みにあう中間管理職のストレスは、もはや会社員の持病のようなものだ。

 

3. ジェネレーションギャップの罠と、俺たちの生存戦略

しかし、だ。 ここで上層部を「老害だ」「無知だ」と一蹴して終わらせてしまっては、俺自身も思考停止の罠に陥ってしまう。

こうした彼らの突拍子もない指示や、デジタルに対する過度な幻想は、ある種の「ジェネレーションギャップ」なのかもしれない、と最近は思うようになった。彼らの現役時代にはなかったテクノロジーが、今、猛烈なスピードで社会を変えている。その変化に対する焦りや、「置いていかれたくない」という恐怖が、彼らをして「横文字の魔法」に縋らせているのではないか、と。

そして、これは俺自身への戒めでもある。 俺だって今年で入社20年だ。かつて20年前、面接試験の椅子にガチガチになりながら座っていたあの頃から、時代は大きく変わった。気をつけなければ、俺自身もいつの間にか現場の感覚を忘れ、数年後には下の世代に対して「よく分からない最新技術」を、さも知ったような顔で丸投げする「裸の王様」になってしまうかもしれない。

「昔はこうだった」が通じないように、「新しいから正しい」だけでも組織は動かない。

では、今回の「PowerBI導入指令」という理不尽なトップダウンに対し、人事マネージャーとして、中間管理職としてどう立ち回るべきか。

ただ「無理です」と突っぱねるのは簡単だが、それでは組織のDXは本当に頓挫してしまうし、せっかくの若手の成長機会を潰すことにもなりかねない。かといって、指示通りに若手をそのまま戦場に送り込めば、彼らは間違いなくツールの重圧に潰される。

俺が取るべき道は、一つだ。 部長の「暴論(ツールを入れれば成績が上がる)」という幻想のフィルターを俺のところで一度剥ぎ取り、現場が実行可能な「現実的なタスク」へと翻訳してやることだ。

まず、選抜する若手には「いきなり魔法の戦略資料を作れ」とは言わない。まずは「日々のルーティンで作っているExcelの集計作業を、少しだけ自動化してみることから始めよう」と、極めて低いハードルを設定する。 それと同時に、彼らがツールの習得に専念できるよう、既存の業務のバランスを調整し、学ぶための「時間」というリソースを担保してやる。間違っても、通常業務100%の上に乗っけるような真似はさせない。

そして部長に対しては、冷徹なデータと進捗状況を、彼の大好きな「ロジカルな報告書」として定期的に突きつける。 「現在、データのクレンジング段階であり、PowerBIが稼働する土壌を耕しています。魔法は一朝一夕には起きません」と、暗に釘を刺し続けるのだ。

 

結びに代えて:泥をすする覚悟はあるか

会社員をやっていると、理不尽なトップダウンや、現場を無視した思いつきの指示には日常茶飯事で行き当たる。そのたびに怒り、辟易し、モチベーションを削られるのは、本当にエネルギーの無駄遣いだ。

だが、どれだけ綺麗な横文字が飛び交おうとも、最後に組織を動かし、成果を生み出すのは、いつの時代も現場の「人間の泥臭い努力」と「納得感」である。

ツールに踊らされる上司を冷ややかに見つめつつも、その足元で懸命に新しい技術を吸収しようとする若手の盾となり、彼らが潰れないように環境を整える。それが、今の俺のポジションにおける戦い方であり、矜持なのかもしれない。頑張ろう。