宵昇のころ―プレマネ課長の残業事録―

宵昇(よいしょう)と読みます。主にライフログです。

それぞれの部下と向き合った面談の記録

倉庫の奥で埃をかぶった古いアルバムを閉じたとき、俺の胸に去来したのは、かつて背中を追いかけた恩師たちの「枯れた美学」だった。

会社を辞めたら、もう会うことはない――。 寸分の誤魔化しもないその言葉の重みを、42歳になり、複数の役職を兼務してのたうち回る今なら、痛いくらいによく理解できる。出会いには必ず別れがあり、組織という細い糸で繋がっているだけの俺たちの関係は、いつか必ず終わりを迎える。

だからこそ、だ。 だからこそ、今、俺の目の前にいる部下たちとの一瞬の時間は、信じられないほどに尊い。いつか別れるその日まで、彼らの盾となり、彼らが安心してそれぞれの持ち場で真っ直ぐ歩くための滑走路を命がけで守ること。それだけが、理想の上司像にいつまでも追いつけない俺にできる、唯一の戦いなのだ。

そして、その「戦い」の最前線とも言える季節が、今年もやってきた。 前年度の勤務評定。組織という冷徹なシステムが弾き出した数字を手に、生身の部下たちと一対一で対峙する「フィードバック面談」の季節である。

今年度、人員不足の穴を埋めるために急遽3つの役職を兼務することになった俺のデスクには、それぞれの背景を持った4人の部下たちの評定シートが並んでいた。 自走モードに入った4年目の若手、限られた時間で成果を出す短時間勤務の母親、期中異動の荒波を乗り越えた右腕の係長、そして、今年度から俺が兼職することになった部署を守り続ける、定年間際のベテラン女性係長。

冷房の効いた面談室。ポーカーフェイスの仮面を被りながら、俺は一人ひとりの人生と、その背中にある葛藤に向き合うために、静かにドアを開けた。

 

1. 完璧な「自走」を始めた若手への、チアアップ

最初に面談室に入ってきたのは、入社4年目の若手だった。 先日、あるプロジェクトの最終選考で見事な成果を収め、このブログでもその成長っぷりを書かせてもらった彼女だ。

彼女の総合評点は、100点満点中「90.00点」。文句なしの、圧倒的な高評価である。 シートを開き、俺はいつもより少しトーンを和らげて語りかけた。

「〇〇さん、前年度の勤務評定結果のフィードバックを行います。まず、今回の総合評点は90点。これは我が部署のなかでも文句なしのトップクラスであり、この1年間、本当に素晴らしい成果と行動を見せてくれた証拠だと思います。」

彼女の表情が、一瞬でパッと明るくなる。だが、俺はそこで終わらせない。サイボーグ的な冷徹な目で分析した、彼女の「強みの因数分解」を言葉にして伝えていく。

「高く評価しているポイントは3つある。1つ目は、圧倒的な業務遂行力と安定感だ。多量な業務やイレギュラーが舞い込むなかでも、自分で適切に優先順位をつけて、大きくペースを乱さずにやり遂げてくれた。2つ目は、コミュニケーションの質。上下だけでなく左右の横のつながりに対しても、タイミングを逸することなく確実な情報共有ができていた。特に、日頃からインフォーマルな交流を上手く活用して、周囲の職員からの確固たる信頼を構築できていたことが、円滑な業務推進に大きく繋がっている」

彼女は真剣な眼差しで、俺の言葉を一つひとつ噛み締めるように頷いていた。

「そして3つ目は、高い当事者意識と責任感だ。我が社の創立●周年プロジェクトのワークショップや防災訓練の運営など、大きなイベントでも主体的に責任を持って最後までやり遂げてくれた。外の業者の方への接遇においても、ただの一社員としてではなく『組織の代表として対応している』という高い意識が見えたよ。本当に素晴らしい」

ひと通り絶賛した後、俺は椅子の背もたれに体を預け、あえて少しシビアな「未来の課題」を提示した。90点を取った人間に必要なのは、甘やかしではなく、次の高い打席への案内だからだ。

「本当に文句なしの評価だけど、4年目を迎えた〇〇さんだからこそ、今後さらに期待したいステップアップのポイントも2つだけ伝えておく。1つ目は、業務改善への積極的な提案だ。自分の業務のカイゼンへの意識はとても高いから、今後はそれをさらに広げて、部署全体や組織全体の業務効率化に繋がるような、積極的な提案や巻き込みを期待している。2つ目は、より難易度の高い相手への応対とセルフケアだ。今後は、時には少し困難な相手と交渉・応対する場面も増えてくると思うが、そこは恐れずに経験を積んでいってほしい。また、周囲を気遣ってくれるのはありがたいが、自分自身のセルフケアについても、何かあれば遠慮なく俺に提案や相談をしてくれ」

最後に、俺は彼女の目を真っ直ぐに見つめた。

「一度この高い『自走の流れ』に乗ってしまえば、仕事がさらに面白い仕事を呼ぶようになる。今回の結果を大きな糧にして、自信を持ってさらに前進していってください。この1年間、本当にありがとう。これからも期待しています」

「ありがとうございます! がんばります!」と頭を下げて部屋を出ていく彼女の背中を見送りながら、俺は心の中で小さくガッツポーズをした。彼女の滑走路は、たぶんもう完璧に整備されている。あとはどこまでも高く飛んでいくだけだ。

 

2. 限られた時間のなかで、奇跡を起こす母親への労い

次に部屋に入ってきたのは、育児短時間勤務を取得中の部下だった。 まだ手のかかる小さな子どもを育てながら、限られた時間のなかで常に時計と睨み合い、驚くほどの密度で仕事をこなす女性職員だ。

彼女の評点は「89.50点」。フルタイムの社員と同等、いやそれ以上の圧倒的なパフォーマンスに対する数字だ。

「〇〇さん、お疲れ様。今回の総合評点は89.50点です。短時間勤務という限られた制約のなかで、これだけの高い成果と行動を維持し続けたことは、本当に素晴らしいの一言に尽きます。大変な苦労や工夫があったこと、俺はちゃんと見ているよ。本当にありがとうございます」

彼女の目元が、少しだけ潤んだように見えた。限られた時間で働く人間は、常に「周囲に迷惑をかけているのではないか」という目に見えない罪悪感と戦っている。まずはその呪縛を解くことが、上司である俺の役目だ。

「具体的に評価しているのは、まず、イレギュラーに動じない確実な業務遂行力。年度途中に上長が異動するという大きな組織変更があったなかでも、主体性を持って係の業務を一切支障なく回してくれました。マニュアルや過去の事例を深く理解した上での正確な状況判断、そして感情に左右されない見事なセルフコントロール能力があったからこそです。2つ目は、丁寧なコミュニケーションと周囲への気配り。相手の言い分を親身に聞きつつも、こちら側の主張も適切に伝えて双方のバランスをうまく取る、非常に質の高い対応ができています。部署のムードメーカーとしても大きく貢献してくれました。そして3つ目は、当部署が主管となった研修で見せてくれた高い表現力。事前の資料作成から当日の要点を押さえた丁寧な説明まで、〇〇さんの能力が存分に発揮されていました」

彼女は小さく深く息を吐き、「見ていてくださって、本当に嬉しいです」と静かに微笑んだ。そこに、俺は「次へのギア」をそっと差し出す。

「〇〇さんが今後さらに輝き、ステップアップしていくために、次のステップへのアドバイスも2つ伝えておきます。1つ目は、さらなる効率化・省力化への挑戦。すべての対応が非常に丁寧なのは素晴らしい強みだけど、限られた時間のなかでさらに高みを目指すために、業務の優先順位をさらに厳格に見極めること。アイゼンハワーマトリクス(緊急度と重要度のマトリクス)などを意識して、『ここはもう少し力を抜いて効率化しても良い』という部分を見つけ、よりスマートに立ち回る術を磨いていってほしい。2つ目は、周囲を上手く巻き込むこと。自分一人で責任を持って最後までやり遂げようとする責任感は十分すぎるほど伝わっているからこそ、今後は、目標達成に向けて『周囲のメンバーを上手く頼り、動かしていくこと』にもぜひ挑戦してみてください。チームを巻き込むことで、〇〇さんの負担を減らしつつ、より大きな成果が出せるはずです」

俺は言葉を区切り、彼女の目をしっかりと見つめた。

「限られた時間だからこそ、多角的に周囲を巻き込み、自走していくおもしろさがあります。〇〇さんはすでに我が部署になくてはならない強力な軸です。自信を持って、これからも一緒に働きやすい強い部署を作っていきましょう。この1年間、本当にお疲れ様でした。ありがとう」

彼女が席を立った後、俺は手元の書類に目を落とした。時間を言い訳にしない彼女の姿勢は、あの「ハーフパンツを履きたい」などとぬるいことを言っていた他部署の課長や、「クールビズはいらん」と精神論を吐く部長に見せてやりたいくらいだ。生身の人間が限られた時間のなかで本気で戦うとは、こういうことなのだ。

 

3. 異動の荒波をポーカーフェイスで乗り越えた、右腕への敬意

3人目は、年度途中に異動してきたばかりの男性係長だった。 年齢は俺の2〜3歳下。私生活では自身の健康問題の不安を抱えながらも、冷静に現場を統率してくれている、今の俺の絶対的な右腕だ。

彼の評点は「86.20点」。期中異動というハンデ、そして不慣れな業務ばかりだった状況を考えれば、破格の評価である。

「〇〇さん、前年度の勤務評定結果のフィードバックを行います。総合評点は86.20点。年度途中での異動という大きな環境変化のなかで、これだけの実績と組織貢献を見せてくれたこと、担当課長として心から感謝しています。本当に素晴らしい奮闘ぶりでした」

彼はいつものように、感情を表に出さないポーカーフェイスで「ありがとうございます」と短く応えた。その生真面目な横顔に、俺は彼の泥臭い功績を一つずつ並べていく。

「具体的に高く評価しているポイントを3つ伝えます。1つ目は、異動直後からの圧倒的な責任感と柔軟性だ。予算や施設修繕など、優先順位を付けにくい未経験の業務ばかりのなかで、大変な苦慮があったと思う。しかし、担当係長として常に責任を持って前面に立ち、粘り強く向き合ってくれた。感情の起伏を一切見せない見事なセルフコントロールは、周囲の職員にも非常に良い安心感を与えていたよ。2つ目は、システム更新プロジェクトにおける卓越した統率力だ。特に年度末の情報システム更新においては、部署間の垣根を超えた責任者として全体を力強く統率し、円滑な移行を実現してくれた。この即戦力としての動きと組織運営への貢献度は極めて高く、文句なしの評価です。3つ目は、円滑な連携と信頼関係の構築。他課との連携を上手く使い分け、新しい部下たちとも積極的な対話を通じて、短期間で厚い信頼関係を構築してくれたことも、非常に頼もしく見ていました」

彼の視線が、手元の評定シートへと向けられる。その奥にある、彼自身の「もっとできたはずだ」というもどかしさを、俺のセンサーは敏感に察知していた。

「〇〇さんご自身の自己評価としては、業務がまだひと回りしていないこともあり、満足のいく結果ではなかったと感じているかもしれない。しかし、今後に向けたポテンシャルは建前抜きで十二分に感じています。そこで、次年度に向けてさらに期待したいステップアップのポイントを2つ伝えます。1つ目は、業務改善計画の実行と、さらなるスキルアップ。前年度は準備段階まで進めた職場改善を、新年度はぜひ形にしていきましょう。また、この業務は短期間で習熟できるものではないから、今後経験を積みながら、〇〇さんなりのノウハウを積み上げていってほしい。2つ目は、経験を活かした部下への指導だ。前年度はご自身が業務を習熟することに重点を置かれていたと思うけれど、〇〇さんはコンプライアンス意識も高く、適切な判断ができる人だ。今後はその背中を見せながら、部下の育成・指導にも徐々に力を貸してほしいと思っています」

俺は少し身を乗り出し、トーンを一段落として告げた。

「一度この『自走の流れ』を掴んでしまえば、仕事はさらに面白くなりますし、〇〇さんなら間違いなくこの部署の強力なコアになれると確信しています。身体のことも含めて、何かあれば、いつでも俺を頼ってください。この期中からのタフな期間、本当にありがとう。新年度も期待しています」

「……はい。これからもよろしくお願いします」 彼が深く一礼して部屋を出て行ったとき、俺は静かに胸を撫でおろした。彼が抱えた不安の全てを、俺が消し去ることはできない。だけど、彼がこの会社で真っ直ぐ歩き続けられるための道を整備し、安心して戦える場所を守り抜くことは、このサイボーグを自称する俺に課せられた絶対的な任務だ。

 

4. 61歳のベテラン女性係長へ、新任の上司が放った本音

そして最後、面談室のドアを叩いたのは、今年度から俺が兼職することになった別の部署の係長だった。 年齢は61歳。女性。来年度には定年退職を控えている、我が社の大ベテランである。

今回の勤務評定自体は、前任の上司が行ったものだ。総合評点は「74.80点」。組織のシステムが弾き出す平均的な、どこか「事なかれ主義」的な堅実評価の数字。だが、俺はこの面談を、単なる数字の通知で終わらせるつもりは毛頭なかった。なぜなら、今年度から3つの役職を兼務することになった俺が、この過酷な日々を倒れずに乗り切れるかどうかは、ひとえに、この61歳のベテラン係長がどれだけ力を発揮してくれるかにかかっているからだ。

彼女は、少し遠慮がちな、だが長年組織を生き抜いてきた独特の落ち着きを持った佇まいで、対面の椅子に腰掛けた。

「〇〇さん、お疲れ様です。前年度の勤務評定結果のフィードバックを行います。今回の評定は前任の上司が評価したものになりますが、総合評点は74.80点となっています。ただ、細かな項目を読み込んでいくと、〇〇さんが長年培ってきた経験と、周囲への細やかな配慮が随所に光る、非常に安定感のある素晴らしい内容だと俺は受け止めています」

彼女は少し驚いたように、ゆるふわパーマに髭を蓄えた俺の顔を見つめた。俺はシートに書かれた前任者の冷たい活字に、生身の熱を吹き込んでいく。

「具体的に高く評価されているポイントを3つ伝えます。1つ目は、高いコンプライアンス意識と、具体的な成果です。他部門へインシデントレポートの提出を熱心に推奨してくれた結果、提出件数が前年度より確実に増加しました。また、社内文書の改訂や廃棄作業でも、各部署との事前の調整からスケジュール管理まで、ご自身で完璧にコントロールして期日までに完了させてくれました。手順の再確認やダブルチェックを徹底する姿勢は、組織の安全を守る上で本当に心強いです。2つ目は、他部門や後輩への、円滑な連携と支援。日常的に周囲へ細やかな配慮を行い、組織の内外で強固な信頼関係を築いてくれています。ご自身の豊かな知識や経験を、他部門の後輩たちにも惜しみなく提供して成長を支援してくれている点も、高く評価されています」

彼女は静かに耳を傾けながら、かすかに目元を和らげた。

「3つ目は、困難な状況における責任感と柔軟性です。業務が難航する場面や突発的な問題が起きたときでも、決して感情を乱さず、冷静に代替案を検討して最後までやり遂げる。このセルフコントロール能力と前向きな姿勢は、周囲のスタッフにも非常に良い影響を与えていました。前任者からは、さらなる期待として、インシデントレポートの提出増に向けた新たな改善策の提案や、相手に応じた表現力をさらに磨いていってほしい、という課題も挙げられています」

一通りシートの内容を読み上げた後、俺は手元の資料をゆっくりと裏返し、机の上に置いた。 ここからは、前任者の評価ではない。新しく上司になった、42歳の俺個人の、むき出しの本音を伝える時間だ。

「――ここまでは前年度の評価です。ここからは、今年度から上司となった、俺個人の本音と、〇〇さんへの心からの願いを伝えさせてください」

俺のトーンの変化に、彼女の背筋がわずかに伸びた。

「今年度、俺はこの部署を含めて3つの役職を兼務することになりました。正直に言います。俺が今年、この過酷な兼務を倒れずに全うできるかどうか、そしてこの部署がうまく回り続けるかどうかは、ひとえに、係長である〇〇さんの力にかかっています。それくらい、俺は〇〇さんの実務力と、周囲から慕われる人間性を頼りにしています」

彼女の目に、明らかな動揺と、それ以上に、一人のプロフェッショナルとしての強い光が灯るのが分かった。

「来年度には定年を控えられているかと思います。ですが、どうかその豊富な経験と知恵を、新任の若い上司である俺に貸してください。〇〇さんが現場の前線で安心してタクトを振るえるよう、外からの理不尽や責任はすべて俺がこの背中で受け止めます。〇〇さんの存在そのものが、今の俺にとって最大の強みなんです。今年度、この部署を最高の組織にするために、ぜひ一番近くで伴走してください。よろしくお願いします」

彼女はしばらくの間、言葉を失ったように俺を見つめていた。やがて、その深く刻まれた目元のシワをさらに深くして、力強く、だが優しく微笑んだ。

「……わかりました。頼りないベテランですけど、課長がそこまで言ってくださるなら、私にできることは何でもやらせていただきます。一緒に乗り切りましょう」

その言葉を聞いた瞬間、俺の胸の奥の、張り詰めていた何かが静かに解けていくような感覚があった。

 

結びに代えて:会者定離のなかで、俺たちが残すもの

面談を終え、深夜の静まり返ったオフィスに戻ったとき、俺は大きく背伸びをした。 窓の外を見やれば、夜の街には相変わらず冷たいネオンの光が滲んでいる。

就職氷河期世代としてあらゆる面で割を食い、今もなお3つの役職を兼務して泥をすすりながら走っている俺の会社員人生。経営層が水面下で進める時代錯誤な「新・人事制度」の極秘資料に怒りを覚え、ハーフパンツやクールビズをめぐる不毛な服装論争に頭を抱える毎日。 理想の上司という高い壁には、いつまで経っても手が届きそうにない。

だけど、今日、面談室で部下たちと交わしたあの生々しい言葉のキャッチボールのなかにこそ、俺がこの会社で生きている意味のすべてが詰まっていた。

完璧な自走を始めた4年目の彼女も、 限られた時間のなかで奇跡のような高密度で働く母親も、 病の不安をポーカーフェイスで隠して前を向く右腕の彼も、 そして、新任の俺に「一緒に乗り切りましょう」と言ってくれた61歳のベテランの彼女も。

いつかは必ず、定年や異動、あるいは人生の選択によって、この部署を去り、離れ離れになる日が来る。「会者定離」――それが、この組織という世界の絶対的な真理だ。

あのスナックのカウンターで、元上司がママに告げた「会社を辞めたら、もう会うことはないだろうね」という言葉の通り、俺たちが交わす時間は、いつか必ず綺麗な過去の記憶へと変わる。

だったら、せめて彼らと机を並べているこの限られた時間のなかだけは、俺が彼らの絶対的な盾になろう。彼らが明日も、体調を崩さず、心を病まず、毎日ただ真っ直ぐオフィスに向かって歩いていけるように。その健やかな歩み自体が、彼らの人生における最強の武器になるように、俺はこの場所を守り抜こう。

味のある上司になれているかは分からない。サイボーグの仮面は、もう傷だらけだ。 だけど、明日もまた、俺は誰よりも早くオフィスに出社する。綺麗に整えた髭を少し触りながら、大切な部下たちが待つ現場の最前線へと、真っ直ぐに足を一歩踏み出すのだ。全員が笑顔で、それぞれの人生を歩んでいけるように。

短パンで仕事したい部下、クールビズすら拒む部長。悩ましい「オフィスの服装論争」

オフィス環境における「服装の自由」をめぐる議論は、ひとたび火がつくと、世代間の価値観、プロフェッショナリズムの定義、そして時代の潮流が複雑に絡み合い、正解のない迷宮へと迷い込む。

先日の社内会議での一コマだった。 とある部署の課長が、挙手をして真面目な顔でこう質問してきた。 「現在、東京都庁などでも実施されているように、我が社においても、男性職員がハーフパンツ(短パン)を着用して執務を行うことについて、今後検討する予定はありますでしょうか?」

人事労務を統括する課長である俺の回答は、実にシンプルで冷徹なものだった。 「現時点において、そのような検討を行う予定は一切ありません」

公式な場としては極めてスタンダードな、波風を立てないシャットアウトだ。しかし、ポーカーフェイスの裏側で、俺の脳内にあるサイボーグ的なロジック回路は、少し呆気にとられたようにつぶやいていた。 (いや……そこまでして、職場でハーフパンツを履きたいか?)

 

1. オンとオフの境界線、そしてTPOという「大人の作法」

誤解のないようにあらかじめ明言しておくが、俺はハーフパンツというファッションそのものを否定しているわけでは毛頭ない。 むしろ、個人的には大の薄着好きだ。プライベートの俺を知る人間が見れば驚くかもしれないが、毎年4月の汗ばむ陽気から10月の秋口に至るまで、休日の俺のコーディネートは、その大半がハーフパンツのスタイルである。お気に入りのレトロブルーやインディゴのTシャツにハーフパンツを合わせ、 週末の開放感を味わうのが俺の定番だ。

だが、それはあくまで「オフ」の領域、プライベートという聖域での話である。 要するに、すべては「TPOに応じた服装をしよう」という、ビジネスパーソンとしての極めて基本的な作法に尽きるのではないか。

仮に、我が社の度肝を抜くような柔軟な制度改革によって、明日から「社内でのハーフパンツ着用、全面解禁!」となったとしても、俺が平日のオフィスに生足を出して出社することは、万に一つもあり得ない。 それは、俺のなかに強固に存在する「オンとオフはきっちりと分ける」という美学が、それを絶対に許さないからだ。

スラックスを履き、ジャケットを羽織る。その行為自体が、俺にとって「さあ、今日も組織を守る戦いへ向かうぞ」という、内なる戦闘モードへのスイッチになっている。ハーフパンツを履いたままでは、あの緊迫した極秘の人事資料を前に、冷徹なロジックを組み立てる覚悟がどうしても鈍ってしまうような気がしてならない。

だが、この「服装論争」の根深さは、ハーフパンツを履きたい若手や中堅世代の意識だけにとどまらない。その数日後、俺は今度は「逆のベクトル」に極端に触れた、昭和の亡霊のような意見に直面することになる。

 

2. 部長室の独白と、クールビズ不要論という極論

後日、いくつかの書類の決裁をもらうため、俺は重厚なドアをノックして部長室へと入った。 無事に判子をもらい、書類を抱えて退室しようとしたその時、デスクの後ろから部長がふと思い出したように声をかけてきた。

「あぁ、そういえば、先日の会議で出ていた『ハーフパンツ』の意見だけどさ。人事としては検討しないって突っぱねて正解だけど……お前自身は、個人としてあの意見、どう思う?」

少し探るような、だが本音を求めている目だった。俺は一瞬だけ間を置き、あくまで「一人のビジネスパーソンとしての個人的な見解」だと前置きした上で、正直な胸の内を語った。休日は自分も履くけれど、やはりオンとオフの境界線として、職場で生足を晒すことには違和感がある、と。

「だよな。お前もそう思うか」 部長は満足そうに深く頷いた。そこまでは、お互いの中間管理職・管理職としてのコンセンサスが取れていた。しかし、部長の口から次に出た言葉に、俺は心の中で小さく「おいおい」と突っ込みを入れざるを得なかった。

「俺はね、そもそも『クールビズ』っていう仕組み自体、今の時代にもういらないと思っているんだよ」

部長は腕を組み、さも正論を語るかのように続けた。 「外回りをする営業だったり、汗を流す現地の現場だったり、業務そのものに直接的な支障が出るのであれば、軽装にするのは当たり前だ。だが、冷房の効いた快適な社内、オフィスの中で完結する仕事において、ノーネクタイだの半袖シャツだのというクールビズは、本質的には不要だろう。全員、年中スーツでパリッと締めていればいいんだ」

俺はポーカーフェイスを維持したまま、「なるほど、そういう見方もありますね」とだけ言って部長室を後にした。

廊下を歩きながら、俺は冷ややかな溜め息を飲み込んだ。これもまた、あまりにも極端な昭和の精神論だ。 この部長は、世間が叫んでいる省エネやカーボンニュートラル、そして我がインフラ企業も少なからず看板として掲げ、対外的にコミットしている「SDGs」の取り組みを一切知らないのだろうか。

クールビズという制度は、単に「暑いからネクタイを外して楽をしよう」という社内の利便性だけの話ではない。企業が社会の一員として環境負荷を軽減させるための具体的なアクションであり、ある意味では「我が社は社会の要請に対して、これだけ真摯に取り組んでいます」という、強力な対外的PR、あるいは広報としてのブランド戦略の意味合いも内包しているのだ。

年中スーツを強要し、オフィスの設定温度を下げて電力を無駄に消費する。そんな姿を今の令和のステークホルダーや求職者に見られたら、それこそ「時代遅れの硬直した企業」として一発でそっぽを向かれてしまうだろう。

 

3. 「自分らしさ」の許容と、汗だくの不潔感

振り返って、俺自身のビジュアルはどうだろうか。 頭はゆるふわのパーマヘアだし、口ひげと顎ひげを綺麗に整えて伸ばしている。そして肌は小麦色に焼けている。 世間の極めてコンサバティブな企業から見れば、これだって「インフラ企業の課長としてどうなんだ」と言われかねないスタイルかもしれない。

だが、俺の哲学はこうだ。 「最低限の清潔感をしっかりと保ち、相手(顧客や同僚)に不快感さえ与えなければ、ビジネスパーソンは自分が好きな格好をすればいい」

だからこそ、俺の部署の部下たちが、髪の毛の色を少し明るいトーンに染めようが、爪にキラキラとしたネイルを施していようが、仕事のパフォーマンスに支障がなく、周囲への配慮が行き届いている限り、俺が上司として口を挟むことはほとんどない。むしろ、それぞれの個性を楽しめばいいとすら思っている。

しかし――。 ハーフパンツを履いて生足を晒すことへの違和感。 一方で、クールビズすら否定し、冷房の効きを悪くして(あるいは上層部の目を気にして)スーツを着込み、汗だくになりながら執務室で仕事をするという行為。

この二つの事象を並べたとき、俺の脳内にある天秤は、激しく上下に揺れ動く。

ハーフパンツを履くことは、ビジネスの場における「格式」や「緊張感」を損なうリスクがある。だが、クールビズを拒否して、汗の臭いを漂わせ、見るからに暑苦しい状態でキーボードを叩いている姿は、果たして「相手に不快感を与えない」という清潔感の原則に適っているのだろうか。それこそ、周囲に対する一種の「環境ハラスメント」ではないのか。

何が正解で、どこまでが許容範囲なのか。その境界線を引くことは、人事を預かる身としても、本当に、本当に難しい。

 

結びに代えて:多様な働き方が求められる令和の最適解

オフィスにおける服装の自由化とは、単なる「着るもののルール変更」ではない。それは、組織が人間をどこまで信用し、個人の自律性にどこまで委ねるかという、マネジメントの根本的な姿勢そのものを映し出す鏡だ。

ハーフパンツを履きたいと主張する者の「快適さへの欲求」も、年中スーツを求める部長の「プロフェッショナリズムへのこだわり」も、それぞれが育ってきた時代背景や価値観のなかでは、一つの正義なのだろう。

だが、俺たちは冷たい機械ではなく、感情と、体温と、それぞれの美学を持った「生身の人間」の集団だ。

「正解はない。だからこそ、思考を止めてはならない」

人事労務の課長として、そして3つの役職を兼務しながら最前線で汗を流すプレイングマネージャーとして、俺はこれからもこの「正解なき問い」と向き合い続ける。

 

 

「極秘資料」に潜む昭和の亡霊。〜氷河期世代の課長が、時代に逆行する新制度に怒りを覚えた理由〜

人事労務を担当する課長という職責上、俺のデスクには、一般の社員よりも数ステップ早い段階で、会社の未来を左右する重要情報や制度変更の計画が舞い込んでくる。 もちろん、それらの多くは「取扱注意」の赤いハンコが押された、部外秘、あるいは極秘の資料だ。

先日の夕暮れ時、オフィスが静まり返った頃、俺はある一つのPDFファイルを閲覧していた。 画面に映し出されていたのは、現在、経営層と人事の最高幹部たちが水面下で計画を進めている、我が社の「新しい人事管理制度」に関する骨子案である。

資料に躍っていたのは、「次世代リーダーの選抜と、強固な人材育成プロセスの構築」という、耳ざわりの良い美しい言葉の羅列だった。

労働人口が減少し、優秀な若手の確保が年々困難になる未来を見据え、会社として将来の幹部候補となる社員を早期に見極め、英才教育を施していくための計画。ある程度の役職に達するまでの段階で厳格なセレクションを行い、優秀と判定された社員をどんどんと経営直結の「育成ライン」に乗せていく、というシビアな内容だ。

結論から言うと、その思想自体には、俺だって100%同意する。 かつての日本企業が得意とした「集団護送船団方式」――つまり、採用した社員を一律に同じスピードで、同じレベルへと横並びで育てていく牧歌的な時代は、とうの昔に終わっている。能力のある人間、覚悟のある人間を早期に選抜し、重要な打席に立たせるセレクション方式への移行は、企業サバイバルとして当然の選択だ。

だが、資料をスクロールし、具体的な「育成方法」のページに目を移した瞬間、俺の指がピタリと止まった。 胸の奥から、じわじわと冷や汗のような違和感と、強い憤りが湧き上がってくるのを止められなかった。

そこに書かれていたのは、あまりにも時代錯誤な、昭和の亡霊が書いたとしか思えない「異動と転勤」の方針だった。

 

1. 「別会社への転職」を強いる、名ばかりのキャリアパス

新制度の育成プランには、明確にこう記されていた。

  • 「部長級以上の人事については、本社が全社的な組織運営を考慮し、全国規模での戦略的配置(転勤)を行う」

  • 「課長級以下の管理職、および幹部候補生についても、原則として複数の事業所・地域への転勤経験を必須とし、それを登用の最重要要件とする」

指針を作った上層部のエリートたちは、きっとドヤ顔でこの資料をまとめたのだろう。「全国の拠点を渡り歩き、多様な現場を知ることで、真のゼネラルマネージャーが育つ」と。

バカを言っちゃいけない。現場のリアルを何も分かっていない。

もし我が社が、全国どこに行っても全く同じマニュアル、同じ業務内容、同じシステムで動いている画一的な組織なら、百歩譲ってその理屈も理解できなくはない。だが、我がインフラ企業の現実は違う。 部署が変わるだけでも、現場の人間からは「まるで別の会社に転職したみたいだ」と悲鳴が上がるほど、業務の特異性と専門性が高いのだ。ましてや、地理的に離れた「他の事業所」への異動ともなれば、実態は「同じ看板を掲げているだけの、まったく別の会社」へ放り込まれるに等しい。

蓄積してきた属人的なノウハウや人間関係のリセットを強いるリスクを、彼らはどれほど見積もっているのだろうか。

さらに致命的なのは、我が社の給与体系や各種手当が、お世辞にも「全国転勤」に対応できるような手厚いものではない、という冷厳な事実だ。 独身ならまだしも、家族を持ち、持ち家があり、配偶者も働いているような30代、40代の働き盛りの社員にとって、地方転勤の命令は「経済的な大赤字」を意味する。二重生活による生活費の破綻、配偶者のキャリアの中断、子どもの転校や受験問題――。

そんな状況下で、自ら進んで「はい、喜んで転勤します」なんて言う人間が、今の時代に何人いると思っているのだろうか。

「自分のキャリアのために、家族に犠牲と我慢を強いろ」 この令和の時代に、そんな昭和の滅私奉公的な考え方を、まだ本気で押し通せると思っている経営層の狂気に、俺は眩暈がしそうになった。

 

2. 世間の潮流を読めない、「自惚れ企業」の勘違い

おそらく、我が社の上層部は、自分たちの会社の「ブランド力」に絶対的な自信を持っているのだろう。「うちの会社で出世したいなら、転勤くらい耐えて当然だ」と、高を括っている節がある。

しかし、これから組織の中核を担っていく令和の働き手たちは、彼らが思っている以上にドライで、かつ現実的だ。

世間を見渡してみれば、優秀な人材流出を防ぐため、そして採用競争力を高めるために、「転勤制度そのものを廃止」したり、地域を限定した働き方を選択できるようにシフトしたりする先進的な企業が次々と現れている。それが現代のスタンダードになりつつあるのだ。

そんなトレンドを他所に、いつもながら我が社は、見事なまでに時代の針を逆行させようとしている。 「全国を飛び回るタフなビジネスパーソン」という、数十年前のビジネス雑誌の表紙のような格好いいイメージに酔いしれ、現場の生活者としての苦悩を完全に無視している。こんな歪んだ制度を無理やり施行すれば、優秀な若手や中堅から順番に、愛想を尽かして会社を去っていく未来が、人事労務のプロである俺の目にはっきりと見えている。

そして、その極秘資料を読み進めるうちに、俺のなかの「個人的な不満」が限界に達した。

もし、この新しい人事管理制度が本当に「これからの時代に必要な、正しいリーダー育成の形」だと言うのであれば、今、上でふんぞり返っている現在の幹部職員たちは、制度が施行された瞬間に、全員その席を後進に譲るのが筋というものだ。

なぜなら彼らは、自分自身はそんな過酷な全国転勤のレールや早期選抜の競争に晒されることなく、年功序列のぬるま湯に浸かりながら、逃げ切るようにしてその地位に就いた人間たちだからだ。 新制度の厳格な基準を適用するなら、彼らの大半は幹部失格の烙印を押されるはずである。

だが、現実はそうはならない。 彼らは自分たちが作った新しい檻の中に部下たちを閉じ込め、自分たちだけは「制度移行期の特例」として、ぬくぬくと安全地帯から高みの見物を決め込むのだ。いつもそうだ。リスクを背負うのは現場であり、甘い汁を吸うのは上にいる人間たちだけ。

その不条理さが、俺にはどうしても許せなかった。

 

3. 就職氷河期世代の逆襲を、舐めるな

俺たち40代前半の世代は、世間から「就職氷河期世代(ロストジェネレーション)」と呼ばれている。

振り返れば、俺たちの会社員人生は、常に割を食うことの連続だった。 入社する時点から超高倍率の狭き門を叩かされ、同期の絶対数が極端に少ない。年齢のピラミッドを見れば、俺たちの世代だけが不自然に凹んでいる。その結果、何が起きているか。

今、俺の肩書は「人事労務の課長」だが、現実には人員不足を埋めるために、それ以外にも重要度の高い役職をさらに2つ、合計で「3つの役職を同時に兼務」させられている。 「お前ならできる」「頼りにしている」という耳心地のいい言葉と共に、膨大な業務量と責任だけが、この凹んだ世代の肩にずっしりと乗っかってくる。文字通り、サイボーグのように汗を流して、現場の最前線で組織を支え続けているのは、俺たち氷河期世代の中間管理職だ。

新しく制度を作るのは、結構だ。 これから入社してくる未来の社員たちに、新しいルールを適用していくのも、100歩譲って構わない。

だけどさ、会社の上層部よ。これだけは絶対に忘れるな。 今、この瞬間、人手不足の現場で血の滲むような思いをしながら、実務を回し、組織を泥臭く支えている「今ここにいる人間たち」をぞんぞいに扱うような真似だけは、絶対に許さない。

新しい横文字の制度に現役世代を無理やりハメ込み、家族を犠牲にさせ、現場のモチベーションを粉々に砕く。その結果、組織の根幹が腐り果て、いつか取り返しのつかないクラスターが起きたとしても、俺はもう知らないぞ。

俺たち中間管理職が、いつまでも上の無理難題に対して、大人しく口を閉ざして従っていると思うなよ。

 

結びに代えて:サイボーグの目に宿る炎

極秘資料を閉じ、パソコンの画面が真っ暗な鏡へと変わる。 そこに映っていたのは、少し白髪の混じり始めたゆるふわなパーマ、綺麗に整えられた髭、そして日焼けした肌の奥で、冷徹に、だが激しく燃えるような光を宿した、42歳の俺の顔だった。

上層部が夢見る机上の空論(新制度)がスタートすれば、俺の部署のメンバー、そして俺自身もまた、理不尽な波に飲み込まれそうになるだろう。 だが、その時が来たら、俺は人事労務の課長としての全権限と、これまでの20年間で培ってきたロジック、そして「3つの役職を兼務する圧倒的な実務力」という人質武器を盾にして、全力で上に噛みついてやるつもりだ。

時代に逆行する我が社の行く末を冷ややかに見つめつつも、俺は明日もまた、誰よりも早くオフィスに出社する。 変革を叫ぶなら、まずは上ののさばっている席から空けてみせろ。氷河期世代の、現場の底力を舐めるな。俺たちの本当の戦いは、もしかしたらまたこれから始まっていくのかもしれない。なんだか戦ってばっかりだ。

 

 

一期一会よりも、俺は「会者定離」がいい。古いアルバムをめくり、42歳の俺が想うこと

倉庫の奥、埃をかぶった段ボールから取り出した数冊のアルバム。 仕事の都合で「会社の歴史を振り返る」という機会があり、俺はしばらくの間、そこに眠っていた古い記録写真の山を見返していた。

セピア色に褪せかけた四角い世界のなかで、すでに定年退職された先輩たちや、鬼籍に入られたかつての上司たちが、驚くほど若い姿でカメラに笑顔を向けている。 今の新入社員たちが見れば、「大昔にうちの会社にいたらしい人」という、ただの記号に過ぎないのだろう。だが、ギリギリのところで彼らと机を並べ、その背中を追いかけていた俺にとっては、それは胸の奥がツンと熱くなるような、あまりにも懐かしい時間だった。

 

めくっていく指が、ある一枚の写真の前で止まった。 写っていたのは、俺がまだ現場の部署で平社員だった頃、本当にお世話になった一人の係長だ。

俺が指導を受けていた当時の彼は、いつも穏やかな笑みを浮かべ、失敗したときも「気にするな」と肩を叩いてくれる、温和な人柄そのものの人物だった。しかし、さらに上の世代のベテラン社員に言わせれば、若い頃の彼は「カミナリの〇〇」と恐れられ、社内でも一目置かれるほどのキレモノだったらしい。激しい情熱と冷徹なロジックを併せ持ち、理不尽な上層部にも一歩も引かない。そんな男が、歳を重ねて丸くなり、目の前で優しく俺を育ててくれていたのだ。

その人は、お酒とタバコをこよなく愛する人だった。 仕事が終わると、まだ右も左も分からない俺をよく「おい、行くぞ」と飲みに連れ出してくれた。

写真のなかの彼の姿を見つめているうちに、俺の脳裏に、あの賑やかで、少し煙草の煙に燻された、愛おしい夜の一コマが鮮烈に蘇ってきた。

 

1. 昭和の残り香が漂う、スナックの片隅で

連れていってもらうのは、いつも決まった行きつけの店だった。 スナックとも、小料理屋ともつかない、どこかノスタルジックな佇まいの店。そこのママと上司は古い付き合いのようで、お互いを飾らない名前で呼び合う仲だった。

ちょうどその頃、我が家は妻が子供の出産のために実家に里帰りをしており、俺は夜の自宅で一人、妙な寂しさを抱えていた時期でもあった。上司はそんな俺の状況を察してくれていたのだろう。 「家に帰っても誰もいないんだろ。飯を食いに行くぞ」

その店で、俺はお酒の味だけでなく、ママが「たくさんお食べ」と出してくれる自慢の手料理をごちそうになり、寂しい胃袋を満たしていた。 奥には小さなカラオケの機械があり、夜が更けるにつれて、地元の常連客やうちの会社の人間で、それはそれは賑やかで楽しい空間へと変わっていく。

今の令和を生きる若い世代から見れば、タバコの煙が立ち込め、上司の昔話に付き合わされるようなロケーションは、最も敬遠したい「昭和の悪習」に映るのかもしれない。だが、20代半ばだったあの頃の俺にとって、その場所は間違いなく、組織のなかで生き抜くための知恵を授かり、一人の大人として認めてもらうための、大切な「聖域」だった。

 

そんな楽しい日々がずっと続くわけではないと知ったのは、その上司があと半年で定年退職を控えた、ある日の夜のことだった。

いつものようにひとしきり歌い、騒ぎ、グラスの氷が溶けてカランと音を立てた頃、店内にふっと静かな、しんみりとした空気が流れた。 カウンターの向こうから、グラスを拭きながらママが寂しそうにつぶやいた。

「〇〇さんも、退職したらもうこの辺りには来なくなっちゃうんだろうね。寂しくなるねぇ……」

俺はグラスを傾けながら、上司がなんと返すのか、じっと耳を澄ませていた。 大人の社交辞令なら、いくらでも引き出しはあるはずだ。 「そんなことないよ、また近くに来たら遊びに寄るよ」とか、「きっとどこかでまた会えるさ」とか、そんなふうに場をふわっと濁す優しい嘘を言うのだろう、と若い俺は思っていた。

しかし、上司は違った。 彼は手元のタバコを灰皿でもみ消し、いつになく真面目な、どこか冷徹とも言えるほどの真顔になって、ママの目をじっと見つめた。

「そうだね。会社を辞めたら、きっともう、お互いに会うことはないだろうね」

突き放すような冷たさではない。だけど、寸分の誤魔化しもない、絶対的な事実としての言葉だった。 ママは否定することも、取り乱すこともせず、ただ「そうだね」とでも言うように、上司と静かに顔を見合わせていた。

 

カウンターの端でそれを見ていた20代半ばの俺は、言葉にできない衝撃を受けると同時に、妙にストンと腑に落ちる感覚を覚えた。 あの日、あの瞬間の二人の空気感にこそ、「歳を重ねる」ということの本当の意味が、痛いくらいにしっくりと凝縮されていたからだ。

 

2. 「一期一会」よりも、腑に落ちる言葉

会社を辞めれば、その街に足を運ぶ理由はなくなる。それぞれの生活があり、それぞれの日常へと戻っていく。繋ぎ止めていた「組織」という細い糸が切れれば、どれほど濃密な時間を過ごした関係であっても、二度と交わらなくなる。

それが、この社会の、そして人間の冷徹な現実だ。 その現実を優しさというオブラートでふわっと暈してやり過ごすのは簡単だ。だが、その上司は、自分たちの関係の終着点を誤魔化さず、ズバリと言い切ってみせた。そして、長年夜の街で多くの人間模様を見届けてきたママもまた、その言葉の重みをそのままの温度で、毅然と受け止めてみせた。

大人の男と女が、自分たちの生きてきた時間への誇りと諦念を抱えながら、静かに幕を引く瞬間。 それは、泥臭いスナックのカウンターであるにもかかわらず、映画のワンシーンのように美しく、そしてハードボイルドだった。

世間ではよく、出会いの尊さを説く言葉として「一期一会」が使われる。もちろんそれも美しい言葉だが、俺は昔から、それよりももう一つ別の仏教用語のほうが、自分の人生観に深くしっくりときている。

 

「会者定離(えしゃじょうり)」

 

この世で出会った者たちには、必ず別れの時が定まっている。どんなに親しい仲であっても、どれほど深く愛し合った人であっても、いつかは必ず離れ離れになるのが、この世界の絶対的な理(ことわり)である、という意味だ。

上司とママのあの短い会話は、まさにこの「会者定離」の真理そのものだった。 出会えたことは奇跡であり、共に過ごした夜は本物だった。だからこそ、終わりが来た時には、綺麗ごとの嘘で引き延ばすような真似はせず、潔くその事実を受け入れる。それが、去り行く者の美学であり、残される者への本当の誠実さなのだと、若かった俺は教えられた気がした。

 

3. 理想の背中は、いつも遠くにある

あれから、十数年の歳月が流れた。 気がつけば俺も今年で42歳になり、気がつけばあの日の上司と同じように、部署のトップとしてたくさんの部下を抱え、組織の舵を取る立場になっていた。

今、俺は、あの日の「カミナリの〇〇」と呼ばれた上司のように、深みと味のある人間になれているのだろうか。 アルバムを閉じ、深夜の静まり返ったオフィスで、俺は自問自答する。

現実は、いつだって厳しい。 理不尽なトップダウンの指示に頭を抱え、組織の属人化をどう解消すべきかに悩み、時に暴走する部下の振る舞いに週末をモヤモヤと過ごし、時に健康への不安を覚える一人の部下の告白に、ポーカーフェイスの裏で激しく動揺する。 理想の上司像、理想の男の背中というものには、いつまで経っても手が届かないような気がしてならない。自分自身の未熟さに、嫌気がさす夜だってある。

だけど、ふと思う。 あの写真のなかで優しく笑っていた彼も、若い頃は「カミナリ」と恐れられ、現場で血を流し、数え切れないほどの理不尽や葛藤を乗り越えてきたはずなのだ。最初から「味のある上司」だったわけじゃない。泥をすすり、傷を負い、それでも前を向いて真っ直ぐ歩き続けた軌跡が、あの定年直前の、枯れた美学へと繋がっていたのだろう。

だとしたら、42歳の俺が今、目の前の仕事や部下との関係にのたうち回りながら悩んでいるこの時間もまた、いつか「味」と呼ばれるものに変わっていくのだろうか。

 

いつか俺がこの会社を去る日が来たとき。 部下たちに対して、あるいはこの街に対して、あの人のように「もう会うことはないだろうね」と、嘘偽りのない真実を毅然と言い放てるだけの生き方ができているだろうか。

「会者定離」――。 だからこそ、今、俺の目の前にいる部下たちとの時間は、信じられないほどに尊い。 自分で勝手に成長していく自走型の彼も、これから大舞台に挑む彼女も、そして病を抱えながらも前を向こうとしている係長も。いつかは必ず、それぞれの道を歩み、別れる時が来る。

その限られた時間のなかで、彼らの盾となり、彼らが真っ直ぐ歩くための滑走路を命がけで守ること。それだけが、今、理想に届かない俺にできる、唯一の戦い…だと思いたい。

 

仕事を終え、外に出ると、夜の街にはネオンの光が滲んでいる。 あのスナックのママ自慢のご飯の味と、上司のタバコの煙を思い出しながら、俺は一歩、冷たい夜風の中へと足を踏み出す。あの人が見せてくれた、あの引き締まった背中に、少しでも近づけるように。

 

ある日突然訪れる「社員の健康問題」に組織はどう備えるべきか

フリー写真 会社の会議室の風景

月曜日の朝一番。 朝礼のチャイムが鳴り響く直前、部下の係長から声をかけられた。

 

「課長、朝礼が終わったら、少しだけお時間をいただけないでしょうか」

 

彼は俺と年齢も近く、キャリアの油も乗り切っている頼れる部下だ。私生活では共働きの配偶者と共に、まだ手のかかる小さな子どもたちの育児に奔走している真っ最中でもある。

オフィスの一角にある小さなミーティングスペースへ移動しながら、俺は頭の中で「きっと、子育てや家庭に関する相談だろうな」とアタリをつけていた。「子どもが急に熱を出して、今週は突発的な休みをいただくかもしれない」とか、「配偶者との家事・育児の分担で、少し残業をセーブさせてほしい」とか。

何を隠そう、この会社で20年近く泥をすすってきた俺自身は、家庭を顧みずに仕事一筋で突っ走ってきた絵に描いたような「昭和スタイルの猛烈社員」だ。だが、自分のその生き方を部下に押し付けるつもりは毛頭ない。むしろ、俺の私生活の犠牲を「反面教師」にしてほしいとすら思っている。 だから常日頃から部下たちには、「もし仕事と家族(子育て)のどちらかを選択しなければならない局面に立たされたら、迷わず子育てを取れ。仕事の穴はいくらでも埋められる」と指導してきた。今回も、そんな彼を安心させるための温かい回答を、頭の中で用意していたのだ。

 

しかし、対面に座った彼が、少し硬い表情で切り出した言葉は、俺の予想を完全に裏切るものだった。

 

「実は、先日の健康診断の血液検査の結果が芳しくなく、先週末に精密検査を受けてきました。……その結果、ある慢性的な疾患の可能性が極めて高いと診断されまして」

 

一瞬、耳を疑った。 不摂生を重ねた高齢者が患うものだ、というどこか他人事のようなイメージのあったその病名が、自分とほとんど年齢の変わらない、働き盛りの彼の口から飛び出してきたからだ。俺たちの年代で、そんな突然の宣告を受けることがあるのか、と。

彼は努めて冷静に言葉を続けた。 「当初は、即座に入院治療が必要かもしれないと言われていたのですが、セカンドオピニオンも含めて協議した結果、ひとまずは食事療法と運動療法で日常生活を送りながら様子を見ることになりました。ただ、今後は定期的な通院や、体調管理のために周囲にご迷惑をおかけする瞬間があるかもしれないと思い、まずは課長に一報と思いまして……」

言葉の裏にある、彼の不安、悔しさ、そして家族を支えなければならない大黒柱としての重圧が、痛いほど伝わってきた。

 

1. ポーカーフェイスの裏で、俺が伝えたこと

正直に言えば、俺の心の中は激しく動揺していた。 まだまだ子育てには莫大なエネルギーが必要な時期だし、仕事の面でも、これから組織の核心を担うために多くのことを吸収してもらわなければならない。本人の心境を思えば、胸が締め付けられるような思いだった。

だが、ここで上司である俺が動揺した顔を見せたり、過剰にオロオロしたりするのは絶対にNGだ。不安な時こそ、上司は動かざる石のようでなければならない。

俺はいつものようにポーカーフェイスを貫き、余計な同情や詮索を排して、伝えるべき「たった一つの核心」だけを言葉にした。

 

「よく話してくれた。ありがとう。俺から伝えることは一つだけだよ。仕事と自分の身体、天秤にかけるまでもなく、100対0で身体を優先して欲しい」

 

驚きを隠せない彼の目を真っ直ぐに見つめ、俺は少しトーンを緩めて笑ってみせた。

 

「仕事の心配なんて1ミリも要らないよ」

 

安心しろ、お前の目の前にいる上司は、20年間この会社で働き続けて、未だに壊れたことのないサイボーグみたいな仕事人間だ。お前が休む分の穴くらい、俺の馬力でいくらでも埋めてやる。だから、まずは自分の身体を労わることだけを考えてくれ。

張り詰めていた彼の肩の力が、フッと抜けたのが分かった。 まずは、上司として最低限の「安心」という盾を差し出すことはできた。だが、彼を見送った後、一人残されたミーティングスペースで、俺は深い沈思黙考に沈むことになった。

 

2. 「見えやすいリスク」と「見えない不安」

会社の人員配置やリスクマネジメントにおいて、よく議題に上がるのは「女性社員の結婚、妊娠、育児」といったライフイベントだ。これらは非常に分かりやすく、ある程度スケジュールが予測できるため、制度の整備や周囲のサポート体制も構築しやすい。

しかし、今回の件で俺はあらためて冷徹な事実に気づかされた。 「社員の予期せぬ健康問題」というリスクは、性別や年齢に関係なく、ある日突然、誰にでも、等しく襲いかかってくるものなのだ、と。

組織における「お互い様精神」とは、目に見えやすい妊婦さんや、子育て中の社員だけに向ければいいものではない。 職場の誰かが、周囲には言えないような大病への不安、あるいはメンタルの不調、家族の介護といった「目に見えない爆弾」を抱えているかもしれない。そうした「言葉にできない不安」を抱えた社員であっても、孤立することなく、安心して働き続け、その能力を最大限に発揮できる部署を作ること――。これこそが、これからの時代に求められる本当のマネジメントではないだろうか。

そしてそれは、他でもない「俺自身」にもそっくりそのまま当てはまる。

現実を直視すれば、我が部署の業務は極めて属人性が高く、俗に言う「あの人でなければ分からない」というブラックボックスが未だに数多く散らばっている。今、俺が突然倒れたら、この部署の機能は間違いなく一時的にストップするだろう。

「俺が何とかしてやる」とサイボーグのフリをしてみせたものの、生身の人間である以上、明日何があるかは誰にも分からない。 すぐに完全な仕組みを作ることは難しくとも、「誰か一人が欠けたら総崩れになる組織」から、「誰に何があっても、お互いがカバーし合って動き続けることができる体制」へと、早急に舵を切らなければならない。それが、メンバーを守り、会社を守るための、管理職としての本当の責任だ。

 

結びに代えて:「ただ真っ直ぐ歩く」という強み

気がつけば、俺も今年で43歳になる。 かつて20代の頃のように、徹夜をして、暴飲暴食をして、馬力だけで乗り切れるような年齢はとうの昔に過ぎ去った。明日は我が身。俺自身も、これまで以上に健康を意識した生活を心がけなければならないと、静かに襟を正した。

それと同時に、かつて俺が若かった頃、当時の上司がしみじみと語っていた、ある言葉が今になって鮮烈に蘇ってくる。

 

「若いうちは、誰もが打率を高めようとしたり、ド派手なホームランを狙おうとしたりする。だがな、年を取るにつれて分かるぞ。ただ体調を崩さず、心を病まず、毎日ただ真っ直ぐオフィスに向かって歩いていくこと。それ自体が、どれほど強力で、誰にも真似できない、自分自身の最大の『強み』になるかということがな」

 

当時は「ずいぶん地味なアドバイスだな」くらいにしか思っていなかった。だが、40代を迎え、マネジメントの重圧を背負い、仲間の病に直面した今なら、その言葉の持つ重みが狂おしいほどによく分かる。

ただ真っ直ぐ、健やかに歩き続けること。それは決して当たり前のことではなく、日々の奇跡の積み重ねであり、ビジネスパーソンにおける究極の能力なのだ。

週が明けた月曜日。我が部署は、いつもと変わらない顔で動き出している。 彼が抱えた不安を、俺が代わりに消し去ることはできない。だけど、彼が真っ直ぐ歩き続けられるための「道」を整備し、彼が安心して戦える「場所」を守り抜くことはできる。サイボーグの仮面を被った生身の課長として、俺は明日も、現場の最前線でタクトを振り続ける。全員が笑顔で、真っ直ぐ歩いていけるように…。

 

「育てられる」は思い上がり。組織に生息する「4種類の人間」の冷徹な現実。

フリー写真 ヨガの立ち木のポーズをする人物のシルエット

読者として読ませていただいているブロガーさんの放つ、魂の抜刀のような一言――。

「『育てられる』は思い上がりで、『育ててほしかった』は甘えだよね。」

delete-all.hatenablog.com

この言葉を目にした瞬間、胸の奥を鋭い刃で貫かれたような、強烈な感覚を覚えた。同時に、20年という歳月をこのインフラ企業で過ごし、数え切れないほどの人間模様と組織の酸いも甘いも噛み分けてきた人事マネージャーとしての俺の血が、激しく、熱く波打つのを感じた。

「まさに、その通りだ」と。

世に溢れるビジネス書や生ぬるい研修講師は、判で押したように「上司はいかに部下を育てるか」「若手の可能性をどう開花させるか」と、手取り足取りの育成論を美しく語りたがる。だが、現場の最前線で泥をすすりながらマネジメントと格闘している俺たち中間管理職の本音は違う。人は、他人に「育てられる」のを口を開けて待っているだけの植物ではない。

この冷徹な真理をベースに、長年、組織の「生身の人間」を観察し続けてきた俺なりの視点を交え、会社という生態系に生息する「4種類の人間」のシビアな現実について、ここに書き残しておきたい。

 

1. 会社に生息する「4種類の人間」という残酷なグラデーション

会社という組織を長年俯瞰していると、人間の「成長」に対するスタンスは、驚くほど綺麗に次の4つのカテゴリーに分類できることに気づく。

  • ① 自分で自分を成長させられる人間(自走型)

  • ② 他人のアシストがあれば、自分を成長させられる人間(協調型)

  • ③ 成長できない人間(停滞型)

  • ④ 成長できないだけでなく、周囲の成長すら妨げる人間(害悪型)

おそらく、大きな期待と一抹の不安を胸に抱いて入社してくる新人の頃は、誰もが自分を「②」だと思っているはずだ。「良い先輩に巡り合い、適切な仕事を任されれば、自分はどこまでも伸びていける」と。そして、彼らを迎える側の上司や組織もまた、「この子は手を差し伸べれば伸びていく『②』の原石だ」と信じて疑わない。そこには、ある種の幸福な合意形成が存在している。

社会人としてのキャリアの成否、あるいは出世や昇任のスピードを決定づける最大の要素は、この「いかに早く『②』から『①』のフェーズへ移行できるか」という一点に尽きる。

他人のアシスト(丁寧な指示、手厚い研修、ミスのフォロー)という補助輪をいつまでも必要とする状態から、自ら課題を見つけ、自らインプットし、自ら勝手に限界を突破していく「自走モード」へとギアシフトできるか。ここが、プロフェッショナルになれるかどうかの境界線だ。

恐ろしいのは、このシフトチェンジのタイミングを逸してしまった時のシナリオだ。

年齢を重ね、ある程度の年次になっても「②」のままで居座ろうとすると、周囲からの手厚いアシストは自然と消滅していく。なぜなら、組織のリソースは無限ではないからだ。アシストを失った人間は、坂道を転げ落ちるように「③(停滞型)」へとシフトする。

さらにタチが悪いのは、その自分の停滞を「環境のせい」や「上司の無理解」のせいにし、心の中で何かを拗らせてしまった時だ。彼らはやがて「④(害悪型)」へと堕ちていく。職場の片隅で不平不満を撒き散らし、若手のやる気を削ぎ、組織の足を引っ張る存在。

人事を長く経験してきた身として、世間の言う「人間だから、いつでも、何度でも再チャレンジできる」という綺麗事の欺瞞を、俺はよく知っている。 冷酷な現実を言えば、一度「③」や「④」の沼にどっぷりと嵌まってしまった人間が、そこから自力で抜け出すケースは、たいていの場合、皆無に等しい。

なぜか。その沼の居心地が、彼らにとって最高に良いからだ。「自分が成長できないのは会社の仕組みが悪いからだ」と言い訳のベールに身を包み、努力という痛みを伴う行為から逃げ続ける場所――そこは、一度味を占めたら二度と離れられない、麻薬的な安楽椅子なのである。

 

2. 「①への移行」を分けるもの:配属ガチャの運と、絶対的な「自責思考」

では、従順な「②」から、圧倒的な「①」へと覚醒するタイミングには、何が影響しているのだろうか。

綺麗事抜きで言えば、そこには「運」という要素も多分に絡んでいる。こればかりは否定できない。いわゆる「配属ガチャ」や「上司ガチャ」だ。 入社直後に配属された部署の業務が、たまたまその個人の適性に完璧にフィットしていたり、あるいは配属先の上司が、あえて過酷な打席(ただし打てば化ける打席)に立たせてくれるような勝負師であったりした場合、若手は否応なしに「①」の領域へと押し上げられる。

しかし、運だけで片付けられない、本人が絶対に持ち合わせていなければならない「必須条件」が一つだけある。それが「自責思考」だ。

すべての事象の原因を、他者ではなく「自分」に帰結させて考える力。これがない人間は、どれほど優れたガチャを引き当てようとも、一生「①」にはなれない。

思い出すのは、数年前、ある仕事で致命的なミスをやらかした中堅社員との面談だ。 こちらとしては、事前のミーティングでも、その後のチャットでも、誰が見ても明らかなほど丁寧に、かつ確定的な指示を出していた案件だった。プロセスを完全に無視し、独断で暴走してトラブルを起こしたその社員を前に、俺は努めて冷静に事実を諭した。

ところが、その口から返ってきたのは、あきれ返るような抗弁だった。 「……確かに、私自身にも確認不足という落ち度はありました。でも、課長。そもそもあなたの最初の指示の出し方が、もう少し具体的で分かりやすければ、私はこんな動きをしなかったんじゃないですか?」

俺は心底、目の前の人間に幻滅し、そして深い溜め息を飲み込んだ。 (ああ、こいつは典型的な『②』のフリをした『③』……いや、すでに『④』に片足を突っ込んでいる人間だな)と。

「私の指示不足だったんじゃないですか」という言葉の裏にあるのは、「自分を正しく導き、完璧な指示を与えてくれなかった上司が悪い」という、徹底的な他責の念だ。 ミスをしたという事実から目を背け、自分のプライドを守るために相手を刺しにくる。こうした思考回路の持ち主は、どれだけ手厚く「育てよう」としても、その手を自ら振り払う。彼らにとって、上司からのアドバイスはすべて「自分を攻撃する言葉」に変換されてしまうからだ。

「育てられる」は思い上がり。まさにその通りだ。他人が自分の手の中に、成長という果実をそっと置いてくれると期待している時点で、そのビジネスパーソンの未来は、そこで終わっている。

 

3. 「仕事が仕事を呼ぶ」という黄金のサイクル

厳しい現実ばかりを書き連ねたが、逆に言えば、一度でも「①」の自走サイクルに乗ってしまえば、あとは驚くほどすべてが上手く回り始める。

自分で考え、自分で行動し、成果を出す人間には、社内だけでなく社外からも、自然と「次の面白い仕事」「重要度の高いミスの許されないタスク」が舞い込んでくるようになる。いわゆる、「仕事が仕事を呼ぶ」という無双状態だ。

そういう人間は、周囲から「育てる」必要などない。勝手に先輩たちの背中を見て技を盗み、勝手に失敗から教訓を導き出し、勝手に組織のコアへと成長していく。上司がすべきことは、彼らの行く手を阻む社内の理不尽な障壁(現場を無視したトップダウンや、くだらない規則)を取り除き、彼らが全力で疾走できる滑走路を整備してやることだけだ。

先日の歓迎会で猫を剥がした、期待の入社4年目の若手女子社員。彼女が今回、事業学会の優秀演題の最終選考に残ったという快挙は、まさに彼女が「②」から「①」へと、自らの足で力強く一歩を踏み出した、その証拠に他ならない。

俺が差し出した「抄録のたたき台」という小さなアシストを、彼女はただ受け取るだけでなく、自分自身の血肉に変えて、独自のロジカルな論文へと昇華させた。彼女の中に、確かな「自責と思考の種」があったからこそ、この結果が生まれたのだ。

 

結びに代えて:上司としての、本当の「伴走」

「『育てられる』は思い上がりで、『育ててほしかった』は甘えだよね。」

この冷徹な言葉の裏にある本質は、決して若手を突き放すための冷酷な論理ではない。むしろ、「自分の人生のハンドルを、他人に握らせるな」という、自立したプロフェッショナルへの最大級の敬意とエールだと、俺は受け止めている。

俺の下にいる部下たち全員に、この「①」の流れに乗って欲しい。 そして、他人に依存しない、誰にも文句を言わせない圧倒的な強さを持ったビジネスパーソンになって欲しいと、心の底から願っている。

上司として、俺ができることは限られている。 彼らを「育てる」ことなんて、俺の思い上がりだ。彼ら自身の足で走るしかない。 だけど、彼らが「①」へと脱皮するための「きっかけ」となる打席を用意すること。そして、その挑戦の過程で起きるすべての泥を、人事マネージャーとして、最初の上司として、俺の背中で引き受けてやること――。それだけは、俺の絶対的な義務だ。

他責の沼に溺れる哀れな大人たちを冷ややかに見つめつつも、目の前で必死に自走しようともがく若手たちのために、俺は今日もオフィスで、冷徹なロジックと熱い盾を構え続ける。

まずは明日の朝、あの4年目の彼女に、最終選考の吉報を伝える面談から始めよう。彼女の「自走」がどこまで加速するか、俺は一番近くで、その背中を力強く支えてやるつもりだ。

 

 

「猫を被る」のを剥がす夜。〜他部署には内緒の、少し遅い新人歓迎会〜

今の時代、職場の飲み会を企画するのには、ちょっとした「覚悟」と周到な根回しが必要になる。 アルハラ、パワハラ、あるいは「飲み会は業務時間外の労働ですか?」といったSNSの議論。世間がそうしたワードに過敏になっている空気感は、中間管理職である俺だって痛いほど肌で感じている。

「課長、今年の新しいメンバーの歓迎会、どうします……?」 周囲がそんなふうに顔色を伺い、どこか及び腰になっている雰囲気を察した。だからこそ、発案は俺がした。 「やろう。強制じゃない、来たい奴だけでいい。ただし、やるからには徹底的に楽しくやろう」

そう声をかけ、実務の段取りは信頼する係長に一任した。 ターゲットは、この4月に我が部署へと配属されてきた、期待の新人の女子だ。業務にも少しずつ慣れ、そろそろお互いの「素」が見えてきてもいい頃合いだった。

決戦の日は、皆の予定が奇跡的に合致した週末の金曜日。 他の部署の連中に余計な詮索をされたり、「いいなぁ」と絡まれたりするのを避けるため、作戦は極秘裏に進められた。

17時50分。定時を迎えると同時に、我が部署のメンバーは「お疲れ様でした!」と、これまでにない鮮やかな手際で仕事を切り上げ、会社近くの隠れ家的な居酒屋へとそれぞれ散っていった。 18時スタート。俺はあえて、部署の残務処理や他部署への翌週の業務引き継ぎを一人で買って出た。「週末だから、部下たちは早く帰らせましたよ」という、完璧な上司の面面を周囲に見せつけるための、ちょっとした計算(カモフラージュ)だ。

すべての確認を終え、ネクタイを少し緩めて店に滑り込んだのは、18時5分。 すでに熱気で満ちている掘りごたつの席の誕生日に、俺は腰を下ろした。

 

1. 乾杯は、盃を乾かすから「乾杯」だ

全員のグラスに黄金色の液体が行き渡る。 乾杯の音頭はもちろん、課長である俺の役目だ。

「ほんとは配属されてすぐ、もっと早く開催したかったんだけど、遅くなってごめんね。いつも職場では、お互いに真面目で、少し尖った表情しか見ていないと思う。でも、今日はそれぞれの『普段の顔』を見せ合おう」

俺はグラスを掲げ、主役である新人の目を悪戯っぽく見つめた。 「というわけで、●●さん。今日でその被っている猫を、綺麗に剥がさせてもらいます。乾杯!」

カチン、とジョッキが鳴る。 実は、お酒には滅法強い自信がある。俺は乾杯の生ビールを、喉を鳴らしながら一気に飲み干した。文字通り、一滴も残さずに、だ。

本来なら、もう少し場が温まった頃に披露する俺の常套句がある。 「乾杯ってのはね、文字通り『盃を乾かす』と書くんだ。つまり、中身を綺麗に飲み干して初めて、本当の乾杯が成立するんだよ」

まぁ、最初からそんな説教臭いことを言えばそれこそハラスメントと言われかねないから、今はただ、豪快に飲み干すその背中だけで語るにとどめておく。プハッ、と息を吐き出し、ジョッキを置くと、すでに場の空気は一気に弛緩していた。

 

2. 気がつけば、始まった「課長への尋問」

宴が始まれば、上司としての役割を果たす。 新人の正面に座り、「ちゃんとご飯は食べられてる?」「夜は眠れてる?」といった生活面のケアから、日頃の仕事の悩み、組織に対して感じている本音などを、世間話の延長線上で引き出していく。

しかし、最初のビールが空き、レモンサワーやハイボールへと杯が進むにつれて、おかしな現象が起き始めた。 主役であるはずの新人の緊張が解けるよりも早く、周りの既存の部下たち、特に中堅や若手から、俺に対する「砕けた質問」の集中砲火が始まったのだ。

「課長、いっつも毎朝誰よりも早く出勤して、夜はみんなが帰るまで席にいますよね。一体、何時に起きて何時に帰ってるんですか? ちゃんと寝てます?」 「いや、そこは人事秘密だ」と笑ってかわす。

質問の矛先は、さらに俺のプライベートな部分へと容赦なく踏み込んでくる。 「ていうか課長、そのゆるふわなパーマに綺麗に整えられた髭、そしてその綺麗に小麦色に焼けた肌じゃないですか。プライベートの場で初対面の人に『お仕事何されてるんですか?』って聞かれた時、まさか公務に準ずるインフラ企業の課長ですなんて言っても、絶対信じてもらえないですよね?」 「失礼だな、ちゃんと言ってるよ。大抵は怪しまれるけどな」

「美容院ってどれくらいの頻度で行ってるんですか?」 「その身体、服の上からでも分かりますけど、筋トレは週に何回ジム行ってるんですか?」

気がつけば、新人に対する質問よりも、俺に対する尋問の方が遥かに多くなっていた。 左手で髭を触りながら、苦笑いするしかない。だが、俺の心の中は、実は「よし、狙い通りだ」とほくそ笑んでいた。

これでいいのだ。 上司という生き物は、放っておけば「何を考えているか分からない、ただ指示を出してくる記号」になってしまう。だからこそ、まずは自分という人間をオープンに開示(自己開示)する。 俺のちょっと抜けた私生活や、仕事以外のこだわりを晒すことで、部下たちは俺に「人間味」を感じてくれる。距離が縮まれば、翌月曜日からの普段の仕事だって、格段に意見が言いやすくなり、やりやすくなるはずなのだ。

 

3. なぜ、インフォーマルコミュニケーションが必要なのか

冒頭の話に戻ろう。 ネットの海を回遊していると、「職場の飲み会なんて時間の無駄」「業務外の付き合いは一切お断り」という冷ややかな新人の声をよく目にする。

俺個人の哲学を言わせてもらえば、飲み会は決して仕事(業務)ではない。来たくない人間を、立場を利用して無理やり連れてくるつもりなんて毛頭ない。

けれど、これだけは言える。 「仕事ってのは、冷たい機械を相手にするんじゃない。感情を持った『人』を相手にするものだ」

その人のことを、仕事という一面的な角度だけで理解したつもりになってはいけない。酒を酌み交わし、下らない質問に笑い、お互いのプライベートの欠片を垣間見る。そうして多角的な立体として相手を知ることで初めて、組織の歯車は滑らかに、そして爆発的な円滑さで回り出すのだ。

幸いなことに、我が部署の部下たちは、その俺の古臭いかもしれない考え方を、言葉にせずとも深く理解してくれているようだった。 主役の新人の女の子も、中盤を過ぎる頃にはすっかり「被っていた猫」をどこかへ置き忘れ、先輩たちと大笑いしながら唐揚げを頬張っていた。その笑顔を見ただけで、残業を引き受けて合流した甲斐があったというものだ。

課長として、俺が最も大切にしたいのは、こうした組織の「インフォーマルコミュニケーション(非公式のつながり)」だ。マニュアルや職務規定には絶対に載らない、この泥臭い絆こそが、組織が危機に瀕した時に最大の盾となる。

宴は盛り上がり、22時過ぎに解散となった。 「課長、ごちそうさまでした! 月曜からまた、よろしくお願いします!」

夜風が心地いい駅前で、少し赤くなった顔で手を振る部下たちを見送る。 心地よいアルコールの火照りと、確かな手応え。

猫を剥がした後に残ったのは、これまで以上に強固になった、我が部署の愛すべきチームワークだった。 さあ、週末はしっかり身体を休めて、月曜日からまた、この最高のメンバーで新しい戦いを始めようか。